「相変わらず元気そうだな」
忍術学園の長期休み。
伊作に遊びに来ないかと実家へ誘った道中、幼馴染の家族が営むうどん屋に寄り道をした。
暖簾を潜ると、盆を抱えて一息ついている幼馴染の姿。
ちょっと背が伸びた気がするあいつは、俺を見つけるなり駆け寄ってくると、客が机の下に押し忘れた丸太椅子に足を引っ掛けて躓いた。
かろうじて顔面から倒れ込むことを免れたのは、こいつが昔からドジを踏みまくることで身についた才能だろう。
これを見るのが、もはや帰ってきたと実感する一つの要因だったりする。
「いたた…躓くのこれで二回目なの。あともう一回くらいあるかな?」
「言ったら本当になるからやめとけ」
「それもそうだ。って、そんな事はどうでもよくって。いらっしゃい!いつもの二つで良かった?」
「おお、おじさんの特製な」
「分かってるよ。座って待ってて」
厨へ続く暖簾の向こうへ消えていったなまえを二人で見送って、伊作は先ほどなまえが引っ掛けた椅子へ座った。
「何もわざわざその椅子じゃ無くたっていいだろ」
「僕がこの後ちゃんと椅子を中にしまえば、三度目の確率は減るかなと思ってさ」
「それもそうか」
客が全て伊作みたいに配慮してくれたら、世界は平和なもんだと俺も向かいの席へ腰を落ち着かせる。
「あの子がたまに話してくれる子かい?」
「ああ、幼馴染のなまえ。ドジを体現した奴」
「そう言ってやるなよ。足痛そうだったね。一回目のぶつけた所、青痣出来てたよ」
流石は保健委員、よく見てるもんだとおばさんと和気藹々と話す声が聞こえる暖簾の向こうを気に掛ける。
こうもドジを踏んでも、何故かうどんを運んでいる時は絶対に何も起こらない。
こればかりはうどん屋の娘として誇りだと、あいつはいつも自慢げにしている。
伊作にそれを言うと、不思議な事もあるんだねと言いながら机に置かれたお品書きに目を通していた。
俺はおじさんの特製うどんが好きだけど、ここはこのうどんも美味くて、と過去食べてきたうどんの話をしていると、伊作の目が暖簾の向こうを心配そうに見た。
草鞋が土を擦る音に、俺は絶対的信頼のもとそんな伊作を無視して話を続ける。
湯気の立つお気に入りのうどんが、机に置かれた。
「お待たせしてごめんね。かまぼこの数、おまけしてくれてたから味わってね」
「おお!ありがとなぁ!?!大丈夫か伊作!?」
「お友達さん大丈夫!?」
伊作が俺の視界から消えた。
なまえが先程足を引っ掛けたことにより損傷していたのか、元々腐敗していたのか。
メキッと嫌な音を立てた丸太椅子が真っ二つに割れ、伊作は床に尻餅をついて倒れている。
俺が立ち上がるより先に、なまえは倒れた伊作に駆け寄った。
「お怪我はないですか?すぐに退けますから、こっちの椅子代わりに使ってください」
テキパキと対処するなまえに、去年同じ時期に帰った時にお客にやらかしておどおどしていた姿とはまるで別人で、成長するもんだなと感心する。
「その椅子、後で作り直してやるよ」
「いいの?じゃあお代はそれで大丈夫。お友達さんも、お詫びにお代は要りませんから、温かいうちに頂いてください」
「いえ、そんな」
「店番の時のなまえには逆らえないから、伸びる前に食べるぞ」
差し出した手に捕まった伊作を引っ張って、立ち上がらせる。
取り替えられた椅子に座り直して、出汁の効いた汁に浸かった、コシのあるうどんを啜った。
客足の落ち着いた卯の刻、店の裏で木を打ちつける。
割れた丸太椅子を鋸で切り、簡単に椅子を作り直していた。
割れた丸太は腐敗していた訳ではなく、恐らく元々割れ目があったところをなまえが蹴ったことで衝撃が加わり、伊作が腰掛けたことで圧がかかってトドメを刺したんだろう。
ドジと不運が掛け合うと、こんな嫌な奇跡が起こるんだな。
「学園での留三郎ってそんな感じなんですね」
耳を澄ますと、伊作が俺の話をしているらしい。
中の様子は見えないが、楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
笑い声と比例して湧き上がる苛立ちに、二人の声を掻き消すようにトンカチを打ちつけて、気持ちを沈める。
くそ、木の棘が手に刺さった。
完成した椅子の角を擦って、客のいない店内へ持っていく。
なまえと伊作は、向かい合って座りお茶を飲みながら談笑していた。
俺が入ってきたのを確認すると、慌てたように話すのをやめて勢いよく立ち上がり、膝裏を椅子にぶつけて痛がりながら、俺の元へ駆け寄ってくる。
「すごい、もうできたの?」
「普段色々作ったりしてるからな。これくらいすぐ出来る」
椅子のない席にそれを置くと、しゃがみ込んでまじまじと見つめている。
擦って丸くなった角を指でなぞると、上目遣いに俺を見上げた。
「もしかして私がぶつけても痛くないようにしてくれた?」
「ただでさえ青痣こさえてるのに、さらに切り傷なんて痛いだろ」
しゃがんだ事で見えている脛に出来た青紫の点に、痛そうだなと思いながらぶっきらぼうに答える。
「そっかあ。ふふ、嬉しい。ありがとう」
薄く染まった頬で顔を綻ばせているのを直視できず、視線を逸らして「別に」と呟く。
何が別に、だ。
気にするな、とかぶつからないよう気をつけろよ、とか。他の言い方があるだろ。
ふと伊作の視線を感じて顔を向けると、穏やかな顔で俺たちを見ていた。
慌てて咳払いをして、伊作にここを出ようと促す。
「また帰りに寄ってくれるの、待ってるね。あとちょっとの道のり気をつけて」
店先で見送ってくれるなまえと、互いに手を振りながら店から遠ざかる。
歩きながら、掌の棘をタコのできた指でつついていると、伊作が辺りの景色を見渡しながら口を開いた。
「お似合いだと思うよ」
「何だいきなり」
「素直じゃないね、君も」
「主語がなきゃ分からん」
「分かってるくせに。僕に嫉妬なんかしなくても、あの子は留三郎しか眼中にないよ」
押し黙り、伊作を一瞥する。
伊作には、全てお見通しらしい。
が、俺しか眼中にないというのはよく分からない。
「彼女、君に仲の良いくのたまがいないか心配してたし、言い寄られてたことがあるかも気にしていたし。次に会った時に、君の口からちゃんとそう言う相手はいないって伝えてあげたらいいんじゃないかな」
「…それ内緒にしろって言われてないか?」
明らかに俺が聞いていい訳が無い内容に、内容の衝撃よりもなまえへの可哀想と言う気持ちが勝る。
漸く棘の抜けた掌を摩りながら、眉を寄せて伊作を見ると、ほんの少し眉を下げて笑っていた。
「それが言われてないんだよ。多分それを言う前に留三郎が椅子を抱えて戻ってきたから、言い損ねたんじゃないかな?」
「分かってるなら黙っておいてやれよ…」
「黙ってたら君たち、いつまでも進展しないままだろう?それにあんなに分かりやすく嫉妬されても、僕だっていい気はしないからね」
普段助けられてばかりだから少しばかりの恩返しだ、と誇らしげに胸を張る伊作に、胸中に渦巻いていた嫌な感情を空に吐き出す。
「余計なお世話だ」
俺たちの関係が進展する日は、そう遠くない。